うひょ〜。久しぶりに、空想科学史上に残りそうなモノスゴイ技を見た。『創聖のアクエリオン』第6話「想い彼方へ」で、ソーラーアクエリオンが放った「無限パンチ」だ。
敵の生物機械兵器めがけてパンチを撃つと、腕がぐんぐん伸びてゆく。敵が軽快にかわしても、自由自在に向きを変え、追尾ミサイルのようにどこまでも追ってゆく。ついに敵に命中しても、まだまだまだまだ伸びる。雲を超え、人工衛星を掠め、ぐんぐんぐんぐんぐんぐん伸びて、とうとう敵を月面に叩きつけた!
・・・恐ろしい技である。ひとたび狙われたが最後、月に叩きつけられるまで許してもらえないとは。ここまで執拗かつ徹底した攻撃が実現したらいったい何が起こるのか、科学的に考えてみよう。

劇中の描写を見ると、ソーラーアクエリオンの腕は、手首のあたりが割れて、中から新しい手首がガシャン!と飛び出してくる。これを繰り返すことによって、先端に先端が継ぎ足されるようにして伸びていく。

おお、この腕の伸び方は、まるで生物の成長だ。植物の茎の生長でも、動物の成長でも、全体が一様に伸びるのではない。先端の成長点と呼ばれる部分が細胞分裂を盛んに起こし、先端から先端が生える形で伸びてゆく。アクエリオンは古代の遺跡から発掘された機械生命体なのだから、先端だけが成長するのは当然なのだ。う〜む、納得できるなあ。
などと能天気に喜んでいる場合ではない。アクエリオンの腕は、地表から月面まで伸びたのだ。その長さ、実に37万8千km。成長するにもホドがある!
気がかりなのは、「質量保存の法則」だ。この宇宙には「物質の体積や形が変わっても質量だけは変わらない」という大原則がある。『アクエリオン』の世界がこの法則を無視していないとしたら、腕を構成する金属は、限りなく薄くなってしまう。
人間の片腕は体重の5%程度であり、体重88tのアクエリオンも同じ割合だとしたら、腕の重量は4.4t。パンフレットの絵で計ると、腕の太さは2.7m、長さは16m前後である。腕が円筒形で、軽くて丈夫なチタンと同じ密度の金属でできているとして計算すると……、うひょ〜ッ、その外板の厚さは0.0003ミクロン! アルミ箔の、たったの5万分の1しかない。
こんなペランペランの腕で殴っても、パンチというものは効くのだろうか?
自分の腕がジャバラ状にひしゃげてしまうのではないか?
劇中ではそうならなかったから、伸びるにしたがって腕も重くなっていたのだと考えるべきだろう。質量保存の法則を無視したか、あるいは地面などから養分を補給しつつ、腕だけが急速に成長したに違いない。

筆者の推測が正しいとすれば、月まで伸びた腕の重量は1億t。本体の、実に120万倍である!
これほどの重量の腕でぶん殴れば、さぞ凄い破壊力では・・・、と思うのはまだ早い。最初に指摘した腕の伸び方が、ここでパンチの威力に重大な問題を引き起こす。
すでに伸びた部分はそのままで、先端だけが延びるということは、敵に与えるダメージの源は、先端の手首がガシャン!と飛び出す勢いだけ。人間だったら、相手の前に棒立ちになって腕を固定し、手首のスナップだけでコツンと殴るようなものである。体重が乗らないのはもちろん、腕の振りさえ活かされないのだから、はなはだ弱いパンチとなる。足腰を使わずに腕だけぶん回すパンチは「手打ち」と呼ばれ、悪い見本とされるが、それ以下なのは言うまでもない。
無限パンチを放つ直前、ソーラーアクエリオンは、同様に腕が伸びるパンチを命中させたが、敵はすぐに回復した。基地で見ていたスタッフの1人は「効かない!?」と驚いていたが、手打ち以下のパンチなんだから仕方ない、と筆者は思う。


では、無限パンチにも威力がなかったかというと、そんなことはない。なにしろ、腕は見る見る月まで伸びていった。体重も乗らず、腕も固定したままのパンチとはいえ、手首が伸びる速さが尋常ではなかったということだ。
劇中の時間を計ってみると、敵を追って地表近くでカーブにカーブを繰り返していた時間が9秒。敵に命中し、まっすぐ上空に伸びて衛生軌道まで9秒。そこから月まで29秒。人工衛星は、スペースシャトルや国際宇宙ステーションくらいの高度を飛んでいた。それらの高度は400kmだから、そこからおよそ37万8千km、1千倍弱の距離を、3倍あまりの時間で伸びたことになる。途中から、急激に加速した模様だ。
何もそこまでせんでも、という気もするが、腕が一定の速度で伸びていったのでは役に立たない。パンチが当たると、敵はコブシよりやや速いスピードでぶっ飛ばされる。次の手首がさっきと同じ速度で伸びたら、ぶっ飛んでいく敵にいつまで経っても追いつけないのである。加速することによって、初めて敵に追いつけるし、敵のドテッパラにぐ〜っと圧力をかけることもできるわけだ。
衛星を掠めた後は一定の勢いで加速したと仮定すれば、月に届く頃には、パンチは秒速2万6千km、マッハ7万6千に達する。隕石が衝突するスピードの、およそ1千倍!
敵の体重がアクエリオンと同じ88tだと考えよう。地上に被害を与えるような隕石は最低でも4千tほどあるが、速度が尋常ではないから、衝突のエネルギーは隕石に引けをとらない。ビキニ水爆に換算して240発分。パンチと共に敵が叩きつけられた瞬間、月面にはマグニチュード9.6の地震が起こり、直径5.7kmのクレーターが発生する。生物がいないからいいようなものの、月もいい迷惑である。
・・・いや、待てよ。月の心配をしている場合ではない。他人を殴れば自分の手も痛いように、作用反作用の法則で、長い腕を伝わって、自分にも同じ衝撃が返ってくるではないか。ソーラーアクエリオンの体は、ビキニ水爆240発に耐えられるのか?

自分のパンチで自分がぶっ壊れたら、あまりに悲しい。しかし、申し訳ないのだが、そうであってほしいと筆者は切に願う。ソーラーアクエリオンがまったく影響を受けないとしたら、その衝撃は37万8千kmもの腕を伝わって地球に達する。マグニチュード9.66の地震と直径5.7kmのクレーターが、地球にも・・・!
腕を伸ばして殴るということは、自分が与えた衝撃が本体に返ってくるということだ。無限パンチは、「敵も苦しいが自分も苦しい」という意味でも空想科学史に残る、比類なく壮絶な技だったのである。ソーラーアクエリオンのヘッドを務めるアポロくんは、その点に細心の注意を払いながら使用していただきたい。